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満田 さん

病院 大阪発達総合療育センター(南大阪小児リハビリテーション病院)

地域 大阪府

カテゴリ 経験3年目以上

卒業校 看護学校

看護の原点を見つめ続けている気がします。

−大阪発達総合療育センターに来られたきっかけは?
もともと小児看護がやりたいという気持ちがありました。
以前は普通の病院にいたのですが、漠然と自分のいる場所じゃないと思って…。
新しい病院を探していたときにやっぱり小児科にいきたいっていうのがすごくあったんです。
携わってみたいな、やってみたいなと。こちらへきてもう10年目ほどになりますね。

−入職当時、何かギャップはありましたか?
1年目は何もかもが新しくて知らないことばかりなので新鮮な気持ちだったのですが、2年目になったときに重身の方に異動になりました。
その時は戸惑いましたね。
当時、病棟立ち上げからだったので…。
どうしたらいいのか、何がわからないかもわからない状態でした(笑) 
看護に対しても何をどうしたらいいかわからなくて悩んでいました。

−その際にどのように向き合いましたか?
入所している人たちのことを、「この子そういう反応するんや!」って発見していったんです。
と言っても自分の感覚なのですが…。それがわかったときに「あ、楽しい」と思いました。
話せない子も多いですが、指の動きだったりとか小さい反応がちょこちょこあるんです。
モニターとかで訴えてくるときもあるので、しんどいんかな…と思ったら顔が真っ赤だったり。
数値的なものはほとんどないので、感覚でやっている部分も多いですね。
悩むこともいっぱいありますけど、その人自身のことが分かると楽しくやりがいに繋がって現在に至っています。

−印象的だった出来事はありますか?
訴えは出来ませんが、反応だったりちょっとしたサインで返してくれる子がいました。
ご家族が来たらすごくニコニコするんですよね。こんな表情するんやなって。お母さんの抱き方を私もやってみようとしたらニコニコしてくれました。それが一番印象的だったかな。
その子の周りの環境を観察して合わせた看護を提供する大切さに気が付きました。

―続けられる柱となるようなことはありますか?
障害児や子どもが好きということですかね。興味があるというか。
小さいときに私も入院していて、障害児の子も身近にいました。いつかこうゆう所で働けたらいいなと。その時のことがきっかけで看護師になりたいと思っていました。
基盤となる自分自身の経験があるので、働く中で色んなことがありますけど子供が好きとか、障碍児と関わるのが楽しいとか、って思えるんですよね。

−心がけていることは?
子供たちが安全に楽しくリハビリや手術を乗り越えて無事退院する、そして今持っている機能をそれ以上に悪くしないために日々の生活の中で支えていくというのが大事かなと思います。
リハビリでやるだけじゃなくて普段の生活にも取り入れて、家に帰ってからもできるように、日々の生活も考えて、ここでの知識を持って帰ってもらうというのが必要なことかなと思います。
あとは訴えていることを見逃さないように、どんな反応をしているんやろうとか、なんかちょっといつもと違うなっていう変化に気付けるようにと思っています。
「観察」ですよね。
それってとても大切かなと思います。
看護師にとって必要なことだ思っているので、看護の原点にいつも立ち戻っているように感じます。

―メッセージをお願いします!
始めてここに来られたら、びっくりすると思うし不安なこともたくさんあると思います。
でもみんな教えてくれるし自分一人だけじゃない。みんな躓くとこは一緒なんですね。
だからこそ一緒に乗り越えることができると思います。やる気がある人とかちょっとでも興味がありやってみたいなと思う方はぜひ来てもらいたいなと思います。
私も挫折はいっぱいしてきました。でも良い先輩や同じ価値観でいれる仲間とか…持っている考えが同じような人とはずっと交流が続いています。
お互い励まし合い慰め合い、時には「そんなん間違ってる!」ってはっきり言える仲間がいることは本当に大切ですよね。どんな経験も絶対に生きてきますから…!

見かけない機器も使用します。

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