国際救援活動

国際救援活動インタビュー! INTERNATIONAL
RELIEF NURSE

海外での災害や紛争で苦しむ人々の医療や衣食住の救援、
その後の復興支援や長期的な開発協力に携わる看護師に直接取材!
参加するきっかけや実際の活動内容について詳しく語っていただきました。
(更新:2019年6月26日)  

朝倉 裕貴
Vol.1 本当になりたいと思ったものにしかなれない 武蔵野赤十字病院 朝倉 裕貴
活動歴:
2013年 イラク北部 2か月間2016年、2017年 南スーダン 各6ヵ月間

看護師になろうと思ったきっかけを教えてください。

もともとは理学療法士になりたかったんです。高校まで体育会系の学校に行っていて、自分がアスリートとしてやっていくのが無理だという現実を突き付けられた時に、どうすればスポーツに携わっていけるかと考え、選手をサポートする側にまわってみるのもいいかなと思いました。しかし当時、スポーツに集中していたのもあり学力がそれに伴ってなかったんです。そんな時に、少しでも近いポジションで仕事ができないかを周りの仲間と話している時に、選択肢のひとつとして挙がってきたのが看護師でした。
当時、男性看護師はほとんど聞いたこともなかったので「今看護師になったら自分がパイオニアになれるんじゃないかな?」と当時は思っていました。昔から目立ちたがり屋で、人と同じことをするのが好きじゃなく、周りに同じ進路を歩む人が誰もいなかったも看護師を選択した要因のひとつです。

武蔵野赤十字病院に決めた理由を教えてください。

一番の理由は国際活動に参加するためです。

国際活動に参加しようと思ったきっかけは何ですか?

インタビュー中の朝倉さん

看護学校を卒業後に就職した場所が、大学病院の救命救急センターでした。そこで勤務していた時に、外国人の患者に対応する機会がありました。英語を話すことができず、その患者さんに何もしてあげられなかったことが、ものすごく悔しくて、これではいけないと思いました。 その時に語学を学ぼうと決めました。語学を学ばなければ多くの人に手を差し伸べることができないと思ったのがそもそものきっかけです。 大学病院で5年間勤務した後に、英語を学ぶためカナダのウィスラーに2年間留学をしました。語学学校に通いながら、病院でボランティアをして、海外の医療や看護を経験してきました。最終的には病院からポジションを頂き1年4か月くらい現地の病院の救急外来で勤務をしました。

国際活動で行かれた国はどこですか?

2013年にイラク北部のクルド人地区にあるエルビルという都市の戦傷外科病院で2か月間、2016年、2017年に南スーダンへ紛争犠牲者救援に計10か月間活動しました。

国際活動はどのようなことをされていましたか?

専門は、紛争地医療・戦傷外科です。手術室看護師として派遣されました。 主に手術をしています。その他に患者のトランスファー(移送)があります。エリアによっては医療機関がないので、そこで発生した傷病者を都市部の病院まで搬送します。ひとりでセスナ機やヘリコプターに乗り込んで現地まで飛び、患者をチェックして必要があれば処置を施して病院まで搬送する。日本でいうところのドクターヘリみたいなものです。あんなに資機材はそろっていませんが(笑)

派遣された国の状況はどうでしたか?

国際救援活動の様子

なかなか厳しかったです。物に限りがあるのは当然のことで、スタッフ用の食事、住居は用意して頂いているのですが、地方に行けば2週間テント生活とかもあります。特に雨期は日本みたいに滑走路があるわけではないので、飛行機の離着陸ができなくなります。結果、食べ物や物資の供給がストップしてしまい、何週間もジャガイモとツナの缶詰だけで過ごしたこともありました。仕事より生活の面で苦労することが多かったです。

危険なことはありましたか?

2016年の派遣の時は、日本でも報道されたと思いますが7月に大統領派と副大統領派の間で武力衝突がありました。日本の自衛隊や南スーダン国内で活動している他の団体は国外へ撤退しました。その時も仕事をしている真横で銃声が聞こえ、その後4日間道路も空港もすべて閉鎖され自分たちは全く動けない状況に陥りました。だからと言って怖くて、二度と行きたくないということはないです。 「生きて無事帰ることが最大のミッション(目的)」だと言われます。 安全面に関しては、当然最大の注意を払っていますが予想外のことは起きるものです。怖くて無理とか、聞いてないとか言っていられませんよね。そんなことでは、この仕事は務まらないと思います。

一番思い出に残っていることは何ですか?

何回か派遣に出ると、以前一緒に働いた仲間がまた違う国や、ミッションで再開できる事です。一緒に苦労した分そういう結びつきが強くなりやすいので、世界中に同じ志を持って活動している仲間がいる事は、僕にとってかけがえのない財産です。

苦労したことはどういうことですか?

実際の活動の中で大変だと思う事って実はあんまりなくって。 自分が気を遣う事は長期で派遣に出させてもらうことで、部署に穴をあけてしまうことです。派遣させてもらえるのは部署のメンバーや上司の協力があってこそだと思いますので。日本にいる間は、できるだけ自分のできる事は精いっぱいやりたいと常に思っています。それが仲間たちに伝わっていれば嬉しいですけど。

国際活動に参加したことによって変化はありましたか?

インタビュー中の朝倉さん

凄く変わったと思います。元々すごくせっかちで、きっちりやらないと気が済まない神経質な性格だったんです。でも中東やアフリカに行くとそんなの全然通用しないんです。良よくも悪くもルーズです。そういう意味で、肩の力を抜いて仕事すると今までと違う見え方ができることに気付けたのは国際活動をするようになってからです。自分自身の仕事に対する向き合い方が良い意味でルーズになりました。 海外に行くと宗教の問題や文化、慣習の違いが日本に比べてすごく多様性があります。その多様性に対応できる能力ってすごく必要なのです。国際活動を経験したことで、「こういう患者さんがいてもいいよね」「こういう家族がいてもいいよね」という風に考えられるようになりました。

今後の夢や目標はありますか?

しばらくはこの活動を続けて自分が行けるところまで行ってみたいなと思います。まだまだ自分にできる事は沢山あると思います。実際に活動して自分が行くことによって助かる命があるっていうのを経験してきたので。 あとは、この活動をもっと多くの人に発信していくことも私の責務のひと一つであると感じています。僕よりも若い世代の人たちに途上国や紛争地のことをどうやって知ってもらうか。まずは知ってもらうことから始めないと、どうやって助けたらいいかも分わからないと思うので。活動に参加している以上、伝えていく事も僕の役割だと思っています。同じ志を持った次の世代の人たちがたくさん出てきてくれる事を期待して活動しています。

メッセージをお願いします。

高校時代の恩師の言葉ですが「本当になりたいと思ったものにしかなれない」 僕はその言葉を今も大事にしています。夢や信念をもって行動する事は恥ずかしい事ではないです。「何でもできる!」という強い気持ちと看護師という仕事に誇りをもって日々業務に当たって欲しいと思います。

インタビュー実施日:2019年3月8日